「昇段審査を受けるなら、もっと引き方を変えた方がいいんじゃない?」
こんな言葉を道場の先生から言われて、悩んでいる方は多いのではないでしょうか。自分なりに弓道を追求してきたのに、いざ昇段審査となると指摘される。正しい弓の引き方とは何なのか、本当に大切なものは何なのか、分からなくなってしまう――。
実は、この悩みの本質は「弓道の問題」ではなく「人間関係の問題」であることがほとんどです。今日は、私にとっての弓道とは何か、昇段審査の本当の意味とは何か、そして強い弓を引くことがなぜ弓道の本質なのかについて、深くお話ししたいと思います。
結論:弓道で一番大切なのは「強い弓を引くこと」である
まず最初に私の結論をお伝えします。★ 弓道で一番大切なのは強い弓を引くことです。これが一番の基礎であり、一番重要なことなのです。
私のところで学んでいる女性の方で、22キロの弓にチャレンジして20キロの弓を開けるようになった方がいます。かなり優秀な方です。こういう方は、私は個人的には一人で練習していくのが一番いいと思っています。なぜなら、そうすることで考え方も深まるし、自分のやっていることがそのまま仕事や生活に直結するからです。
ところが、この方が昇段審査にチャレンジした際、高段者の先生からこう言われたそうです。「三段以上を目指すなら、練習方法を変えた方がいいんじゃないか」と。強い弓を引くために肘の使い方や大三の取り方が現代の弓道とは少し違っていたからです。
ここで重要な問いが生まれます。弓道にとって本当に大切なものとは何なのか?昇段審査とは何のためにあるのか?
昇段審査の最大のデメリット:「欲」が心を歪ませる
昇段審査について、私の考えをはっきりとお伝えします。★ 昇段審査は目標になるがゆえに、欲が出てしまうのです。これはキリがありません。
二段、三段、四段と上げていって、一体どうしたいのでしょうか?昇段審査を受けるために疲弊している人を見ると、正直言って意味がわからないのです。受からないからどうしようと焦る気持ちはわかります。しかし、それは弓道の本質から大きく外れていませんか?
弓道の一番の目標は「本能」です。人間は通常、目的意識や目標を掲げて行動しますが、強い弓においては、そんな目的意識を持てば持つほど逆に悪くなってしまうのです。
「強い弓を開きたい」と強く思うと、意外に開けません。結構強いからです。そうではなくて、欲をコントロールし、気持ちを落ち着けて、体を脱力させて弓を開いていく。これができないと、強い弓を何年も引き続けることは難しいのです。
なぜ強い弓を引く人は昇段審査に興味がなくなるのか
★ 私が教えている強い弓を引いている人たちの最大の特徴は、昇段審査に興味がなくなることです。それが本来の弓道だからなのです。
人間は欲に弱い生き物です。強い弓というのは「本能」に関わるものです。相手に尽くしたい、楽しく生きたい、面白いものを追求したい――金持ちになりたいとか横島な欲ではなく、子供のような純粋な気持ちです。
この純粋な気持ちを体現させればさせるほど、強い弓は開けるようになります。そして実際にそれをやると、審査自体に興味がなくなるのです。
私は「昇段審査に興味がなくなること自体が審査の意義」だと思っています。錬士や教士に合格された人は、散々段を取ってきたからもういいわという感じで達観するかもしれません。しかし、私が一番最高だと思うのは、昇段審査を受けないでそういう境地になることです。
本当に達観しているかどうかの見分け方
昇段審査を受かるだけ受かって、囚われがなくなったように見える人でも、心の底にはまだ欲があるかもしれません。それを確かめる方法があります。
★ 対等に扱われても不満がないかどうか、これが本当に達観しているかの判断基準です。
例えば、錬士五段や七段の先生がいるとします。わからない問題を聞かれたときに、素直に「わかりません」と答えられるでしょうか?承認欲求を目的に昇段審査を取ってきた人間は、わからないところがあったらごまかすと思います。自分が先生なのに答えられないと恥ずかしいからです。
達観しているような振りを見せて、実は達観できていない。そうなると、ただの面倒くさいおじさん、おばさんになってしまう可能性があるのです。
「正しい弓の引き方がわからない」という悩みの本質
ここからが、この記事で最も重要なポイントです。7割ぐらいの方がこれに該当すると思います。
「正しい弓の引き方をやりたいと思っているけど、先生にいろいろ指摘されてどうしようか悩んでいる」「高橋さんの言っている弓の引き方は一貫しているし、取り入れたい。でも現実には昇段審査もあるし、道場で指摘される」
★ はっきり言わせてください。これは正しい弓の引き方に迷っているのではありません。これは人間関係の問題なのです。
正しい弓の引き方をやりたいと思っているのに、いろいろ指摘されて無視しようと思うけど難しい。どうすればいいかわからない。これは正しい弓の道に行けているかどうかを悩んでいるのではなく、人間関係で悩んでいるだけなのです。
「弓道の昇段審査=正しい」と思っている人がその環境の中にいて、そういう人たちにぐちゃぐちゃ言われるのがうざったい。それで悩んでいるだけです。それは正しい弓の道とは全然別の話です。
簡単な話です。その人がいなかったら、この人は悩まないのです。
指摘されないことの落とし穴
逆に「現代の弓道で何も指摘されません」「指摘されても直して、先生に言われないようにやってきました」という人はどうでしょうか?
一見良いように思えるかもしれませんが、弓と禅の観点からすると、これは大きな問題があります。★ 何も言われないということは、あなたの内側から何も出ていないということです。
阿波研造先生や梅路見蘭先生の本を読めばわかりますが、指摘されるような弓の引き方をしています。「これは俺とは違う弓の引き方だけど、この本人にとってはこう引きたいんだな」と思わせる。そこに尊敬の気持ちや価値が生まれ、最終的には自分の道を行く。それが本当の弓の引き方です。
指摘されないということは、誰かの道に沿っているだけ。あなたの内側から出てくる弓の引き方ではないのです。
私にとっての弓道の信条:「弓で弓が開かれる」
では、本当の正しい弓の引き方とは何でしょうか?私の弓道の信条をお伝えします。
★ 私にとっての弓道とは、「自分の手で開くのではなく、弓で弓が開かれる」こと。そして「最初の立った構えで当たるかどうかが決まる」ということです。
これを言っている人は誰もいません。なぜなら、これは私が強い弓を何十年も引いてきたことによって出てきた考え方だからです。
「弓で弓が開かれる」とはどういうことか?脱力したら弓が勝手に開かれるような現象を説明し得る体の使い方が存在するのです。これは解剖学的に言えば、筋膜の連動と骨格のアライメントによって生まれる構造的な力です。広背筋や前鋸筋が適切に連動し、胸郭が開いた状態で丹田に重心が落ちていれば、弓は自然と開かれていきます。
この「弓で弓が開かれる」ということを判断できる先生がいるでしょうか?それを解説できる先生がいるでしょうか?「弓で弓が開かれる度が90%できている」と判断する方法は、私しか持っていないのです。
正しい弓道への具体的な取り組み方
では、どのようにして本当の弓道を追求していけばよいのでしょうか?
- まず強い弓にチャレンジする。今の弓より2〜3キロ強いものを目標にする
- 欲をコントロールする練習をする。「開きたい」という執着を手放す
- 脱力を徹底する。胸郭を開き、丹田に重心を落とす
- 立った構えを大切にする。胴造りの段階で全てが決まる
- 自分の内側から出てくる言葉を大切にする
- 人間関係の問題と弓道の問題を分けて考える
昇段審査を受けること自体は否定しません。ただし、そこに囚われないことが重要です。昇段審査という欲に駆られること、それを乗り越えて興味をなくすこと。それこそが審査の本当の意義だと私は考えています。
まとめ:自分の道を歩むということ
弓道で一番大切なのは、強い弓を引くことです。そして、強い弓を引き続けることで、昇段審査への囚われから自然と解放されていきます。
もし今、「正しい弓の引き方がわからない」と悩んでいるなら、それは弓道の問題ではなく人間関係の問題かもしれません。その問題と、本当の弓道の追求を分けて考えてみてください。
そして、自分の内側から出てくる弓の引き方を大切にしてください。誰かに認められるためではなく、自分自身の道を歩むために弓を引く。それが武道としての弓道の本質です。
あなたも必ず、強い弓を引けるようになります。焦らず、欲を手放し、純粋な気持ちで弓と向き合ってください。






