「道場で何を指摘していいかわからないくらい、基礎ができていない」
もし先生からこんな言葉を言われたら、あなたはどう感じるでしょうか。おそらく、自分の射に対する自信は完全に崩れ去り、稽古に行くこと自体が苦痛になってしまうのではないでしょうか。
実は、私の個人指導を受けられた方の中に、まさにこのような状態の女性がいらっしゃいました。弓道歴4〜5年、的中は全く出ない、昇段審査を受ける自信すらない。そんな彼女に私がアドバイスしたのは、意外にも「思い切って1ヶ月休みましょう」という提案でした。
そして驚くべきことに、1ヶ月後の講習会で彼女は「基礎ができていますね」と褒められ、今まで全く当たらなかったのに当たるようになっていたのです。
今回は、なぜ練習を休むことで実力が上がるのか、そのカラクリと正しい稽古の休め方についてお話しします。
結論:練習しない方が引き方が良くなることがある
結論から申し上げます。★ 練習をしない方が、弓の引き方が良くなるケースは確実に存在します。これは私が22年間現場で指導してきた中で、何度も目の当たりにしてきた現象です。
「えっ、練習しないで上手くなるなんてありえないでしょ?」と思われるかもしれません。しかし、これにはちゃんとした根拠があるのです。
重要なのは、なぜ休むことで実力が上がるのかというメカニズムを理解することです。それを理解すれば、あなたも正しい方法で稽古を休み、むしろ実力を伸ばすことができるようになります。
なぜ道場での練習が逆効果になるのか
まず、多くの方が陥っている問題についてお話しします。
弓道の稽古で、先生からいろいろと指摘を受けながら練習していると、何が起こるでしょうか。「肩を下げて」「もっと押して」「勝手を引いて」——こういった形式的な指摘を意識するあまり、手・腕・肩に力が入ってしまうのです。
★ 腕の筋肉や肩の筋肉を動かそうと頭の中で考えると、肩や腕の筋肉が力んでしまって、肘の筋肉が使えなくなります。
解剖学的に説明しましょう。肘を正しく動かす力というのは、実は腕の筋肉ではなく、肩甲骨から発生させる必要があります。広背筋や前鋸筋といった脇の下の筋肉を下ろすことで、結果的に肘の筋肉が正しく使えるようになるのです。
ところが、先生から「もっと腕を引いて」「肩を動かして」と言われると、表層の三角筋や上腕二頭筋に意識が向かい、これらが緊張してしまいます。すると、深層にある広背筋の働きが阻害され、手首の力を抜いた状態で弓を開くことが困難になるのです。
「理想の動き」と「無駄な動き」の環境を分ける
私がこの女性にアドバイスしたのは、単に「休みましょう」ということではありませんでした。
実は、彼女には事前に正しい弓の開き方、肘の使い方が良くなる体操法、ゴム弓の練習方法、正しい押手の使い方などを頭に入れていただいていたのです。本人も「こういう風にやったらできるな」と理解していました。
しかし問題は、道場でそれを意識しようとすると、先生が寄ってきて全然違うことを指摘されることでした。
★ 本人にとって理想の射を頭の中で描いている最中に、形式的な内容を入れさせられると、練習すればするほどダメになります。
この場合、どうすればいいのか。答えはシンプルです。
- 理想の動き:家の中でゴム弓やストレッチで練習できる
- 無駄な動き:道場で間違った指摘を受けることで身についてしまう
休むことによって、悪い動きを身につける環境がなくなります。そして、家の中で理想の動きだけを練習し続けることで、むしろ実力が上がるのです。
立禅の射を学んでいれば休んでも実力は落ちない
「弓道は休んだら実力が下がる」——これは多くの方が信じている常識ですが、私に言わせれば、これは嘘です。
正確に言うと、★ 実力が下がるのは、立禅の射を学んでいないからです。立禅の射とは、正しい弓の開き方と正しい姿勢の作り方を理解した上での射のことです。
間違った姿勢のまま努力を重ね、間違った指摘を受けながらも時間をかければ、確かにある程度は当たるようになります。しかし、それで休んでしまったら、本当にダメで終わってしまいます。
逆に、正しい方法を学んでいれば——
- これをやれば手首の力が抜けますよ
- これをやれば楽に開けるようになりますよ
- これをやれば肩こりや腰痛も治りますよ
——という、正しい姿勢を作り上げる方法をゴム弓で練習できるのです。
私がゴム弓を教える際には、★ やればやるほど体の筋肉が柔らかくなるゴム弓の練習法をお伝えしています。この女性は、1ヶ月間家の中でそれを続けた結果、講習会で「基礎ができていますね」と言われたのです。
道場は「答え合わせ」の場所である
ここで、稽古に対する根本的な考え方を変えていただきたいと思います。
★ 道場で練習するというのは「答え合わせ」であって、道場で上手くなろうとしたらダメです。
正しい順序はこうです:
- ゴム弓と素引きで動きを確認する
- 巻藁で矢が刺さる方向を確認する
- 道場で答え合わせをする
答え合わせの仕方がわからないのに、道場だけで上手くなろうとすると、的を見ることで欲が出て、当てたいと思って離れがブレてしまいます。狙っている最中に目に力が入って姿勢が崩れ、当たらなくなるのです。
なぜ先生に見てもらうと実力が落ちるのか
弓道の道場における先生と生徒の関係について、少し厳しいことを言わせてください。
「先生に見てもらう」というのは、基本的に上から目線の関係です。見てあげる、教えてあげる、悪いところを言ってあげる、方向はなんとなく言ってあげるけど、そこから頑張るのはあなた。
私が本当に問題だと感じるのは、方向性だけ指し示して、そこから先の練習方法や、弓道の本質、何を練習すべきか、必要な筋肉は何かということを一切教えないことです。これでは上手くなりようがありません。
★ 先生に見てもらいながら稽古するよりも、一人でゴム弓で集中してやった方が良くなります。なぜなら、目を使わないから姿勢が良くなるのです。
阿波研造先生も「狙わずに当てる」とおっしゃっています。狙うという行為をなくした状態で弓を引く癖をつけなければならないのです。
道場の稽古時間の現実
考えてみてください。弓道の練習時間は2時間ほどあるかもしれません。しかし、その2時間のうち、あなたが実際に弓を引いている時間はどれくらいでしょうか。
みんなで順繰りに回るため、せいぜい5分から7分程度、本数にして5本から10本くらいではないでしょうか。
引いている回数が少ないのであれば、私の言う理屈——ゴム弓と素引きで動きを確認し、道場は答え合わせにする——というやり方は、非常に実践しやすいはずなのです。しかし上手くいかない。その原因は、ゴム弓と素引きの練習方法が間違っているからです。
礼の動作が姿勢を崩す
もう一つ、私が指導の中で気づいた重要なポイントがあります。
★ 道場で礼をする行為は、まさに反り腰を作る行為です。
礼をすることで畏まってしまい、自然に上下関係ができてしまいます。そして緊張し、胸の筋肉に力が入ってしまうのです。
上下関係ができた上でやる弓道の稽古は、間違いなく上手くなりません。上手くなる方法は、ご自身が積極的になって体を動かせる環境にあることです。先生に見られているという状況では、それは難しいのです。
正しい稽古法:ゴム弓と素引きの実践
では、具体的にどのように稽古すればよいのでしょうか。私のおすすめは以下の通りです。
- 家での素引き:30回
- 家でのゴム弓:50回
- 道場:先生に指摘されない範囲で参加
ゴム弓は地味な練習だと思われがちですが、決してそんなことはありません。正しい方法で行えば、非常に面白く、やればやるほど筋肉が柔らかくなる練習法なのです。
重要なのは、家の中でゴム弓や素引きで練習したことが、道場でちゃんと反映される状態を作ることです。その状態を作れないまま弓道場に入るのは、むしろマイナスになってしまいます。
まとめ:正しい休み方で実力を伸ばす
今回お伝えしたかったのは、単に「休みましょう」ということではありません。
正しい姿勢の作り方、正しい筋肉の伸ばし方、正しい体操の仕方を理解した上で、ゴム弓と素引きを家で練習する。そして道場は答え合わせの場として活用する。この順序を守ることで、たとえ道場に行く頻度が減ったとしても、むしろ実力は上がっていくのです。
「何から何まで悪すぎて、何から指摘していいかわからない」と言われていた女性が、1ヶ月休んだだけで「基礎ができていますね」と言われるようになった。これは魔法ではありません。正しい方法論に基づいた、当然の結果なのです。
大の字になれば、あなたは最強です。正しい立禅の射を身につければ、休んでも実力は落ちません。むしろ、悪い癖をつける環境から離れることで、本来の力が発揮できるようになるのです。
ぜひ、今日からゴム弓と素引きの練習を見直してみてください。そして、道場での稽古に対する考え方を変えてみてください。きっと、あなたの弓道は変わります。






