神永範士の弓構えを実践すると、心理的に迷いが消える

弓構えは弓を引くための準備動作であり、適切に行うことで、体に負担なく弓を押し開くことができます。その結果、両肩の位置や離れのぶれが少なくなった、的中を多く得ることができます。

そこで、弓構えで大切な要素として「気を引き締める」ことにあります。教本二、三巻の説明を見ると、「気構えを整える」という言葉で、弓構えを説明していることがあります。

弓構えではの主眼とするところは……潔く射の活動に入る第一関門がこの弓構えである ~高塚範士~

弓構えではの目的は、身構えであるとともに心構えであるから、ここにおいて姿勢点検、覚悟養成、射心堅固を行わしめるための動作である ~鈴木伊範士~

弓を張りおこす時、弽を指す時、各々それにはそれ相当の構えがあることは当然だが、ここでいよいよ覚悟の養成、射心の調整、それに要する数秒の時間、これをこのとき弓構えと言っているようだ~祝部範士~

百折不ぎょうの気構えが必要であり、一歩も退かぬという不退転のねばりと飽くまで戦うところの敢闘精神が満ちていなければいけない ~神永範士~

では、なぜ弓構えでは「気持ちを引き締める」考えが多く出るのでしょうか?その理由と、具体的に気持ちを整えるために行わなければいけないことを考えていきましょう。

弓構えは、射に移る最も手前の動作である

弓構えでは、弓道の世界では詳しく解説されることはなく、重要性を正確に説いた文章は少ないです。どちらかとういうと、弓道の指導含め、弓構えの甲では、「手の内」の方が形、押し方、指導の仕方まで豊富にあります。

弓構えで大切なことは、気持ちを引き締めることです。この気持ちの引き締め方は後で説明するとして、弓構えでは心を整える重要な理由です。なぜなら、弓構えは射に移る動作の手前であるからです。

打ち起こしでは、弓を上方に高く上げ、引き分けで弓を左右対称に押し開く動作です。つまり、弓構えは、打ち起こしに入って、次に弓を押し開く動作に移る重要な機転に入っているとも考えられます。

古くの弓術書の中では、弓構えまでを「過去身」、打ち起こし以降の動作を「現在身」と称しています。これは、弓を引く過程を3つに分けており、現在身が射の中心となる動作になります。したがって、謙虚な気持ちをもって、素直な気持ちで打ち起こし動作を行うためには、その手前の弓構えの動作を適切に行う必要があります。

そして、その適切にするためには、決して「両腕を円にしましょう」「右手首をしっかりひねりましょう」「手の内で指を三つにそろえましょう」といった形式的な動作をきちんと行うことをお話ししているわけではありません。適切な動作を行い、自然と気持ちが泰然とした状態になる弓構えが適切であると説明されます。

人の体の動きによって、感情が整う

今、「心を整える」とお話ししましたが、身体の一部を利用して、感情も整えられることは不思議ではありません。姿勢を正し、弓を引く準備を行うと、おのずと、内部の筋肉の作用によって、精神状態が整います。

例えば、次のような実験を行います。以下に説明したような姿勢で、に立ってみてください。

イ、胸をすぼめて猫背で立つ
ロ、胸を開いて、足を広げ、仁王立ちのようにして立つ

「イ」「ロ」のような立ち方でその場で一分間静止してみてください。すると、「イ」の立ち方をすると、自然と気持ちが控えめで落ち着いた感覚が得られます。反対に、「ロ」のような立ち方をすると自信がみなぎる感覚が得られます。なぜなら、姿勢によって、呼吸のしやすさ、筋肉の張りなど、全身の筋肉に与える影響が異なるからです。

さらに、立っているときに「あごを軽く上げて立つ」ことを行ってください。その次に、「あごを軽く引いて立つ」ことを行ってください。すると、あごを引いて立つと、気持ちが自然と引き締まる感覚になります。このように、人は姿勢を整えることで、感情や心まで影響を与えるのです。

ビジネスの世界やスポーツの世界でも、堂々とした雰囲気を持っている人は姿勢から来ています。姿勢が整い、しっかり呼吸できる状態にし、脳に酸素をきちんと取り込みます。これによって、活気が沸いた感情が発生し、顔や雰囲気に現れてきます。

武道の稽古を行うと「心が浄化されるような」「気持ちが引き締まる」「心が素直になる」といった感情になるのは、姿勢を整い、動作を行うからです。そして、弓道では弓を引くために、射を行うための気持ちや感情を引き出し、それは姿勢によって作られます。

射を行うのは、ただ行うのではなく、そのときの態度や気持ちの重要性を説いています。この理由として、身体を合理的に、かつ適切に動作できているときは「姿勢」「無駄な身体の使い方」を行っており、結果として気持ちや心を素直な状態に調整するからです。

弓構えにおける気構えは「脇下の筋肉」を張って整える

では、弓構えにおいて、射を行うための毅然とした態度はどこで生み出されるのでしょうか。教本二巻の神永範士の文章を参考にすると、「脇下の筋肉」によって、作られるのがわかります。胴づくりで頸筋から背筋まで上方向に伸ばし、上半身の無駄な力みを取ります。次に、ものをかかえるように両腕を体の前方に差出し、丸い円形を作ります。

そして、両腕の肘先をお互いに、斜め下方に押し出すように動かします。すると、自然と脇下の筋肉が張られた姿勢になります。この脇下の筋肉は「前鋸筋」と呼ばれます。前鋸筋を張ることで、気持ちが引き締まり、恐れやこわさが払しょくされた「自信に満ちた状態」になります。

実際に、神永範士は「百折不ぎょう」の弓構えを構築するためには、脇下の筋肉を張ることを重要視しています。両肩を下げて、下がった両肩を外側に動かすように、両方の肩甲骨を開くようにします。すると、脇下の筋肉を張られ、弓を引くための心の準備が整います。

項を伸ばし、下がった両肩を八文字のように足踏みの向きに開く気持ちで備える。其の余波が自然に羽引きとなる。~神永範士~

「怖い」「恐れ」といった感情は「背中と肩」から来る

今、脇下の筋肉を張ることで、気持ちが整うことをお話ししましたが、この現象は心理学的に説明はされています。人の感情には様々なものがありますが、その中で「恐れ」「怖さ」は背中と肩から来ているとわかっています。

日本語の言葉でおびえるときは「背筋がぞっとする」と言い、イライラしているときは「腹が立つ」と言います。つまり、人は、身体の各部によって発生する感情が異なると考えられ、特定の感情が出るときに、働く筋肉や身体の一部があることもわかります。

このことを、実地調査で調べた実験があります。関西医科大学の精神神経科学教室の調査により、男性、女性を複数人集め、「好き」「嫌い」「怒り」「恐れ」「悲しみ」といった感情を身体のどこで感じるかを、人体の絵を見せて、当てはまる箇所に色を塗りつぶすように調査しました。この調査結果は以下のようになりました。

・対象となった人数
男性25名、女性47名

・集計結果
9種類の感情(喜び、怒り、おそれ、好き、嫌い、恥ずかしさ、悲しみ、安心、驚き)、のうち、額と胸は他の身体の部位より感情を感じるとイメージされることが多いことがわかった。

さらに、額同様、「喜び」は「胸」、「悲しみ」は「目」、「おそれ」は「肩」「背中」「腹」、「恥ずかしさ」は「眼」「頬」「胸」、「安心」は「肩」「腹」「腰」などで感情を感じると回答があった

https://psych.or.jp/meeting/proceedings/70/poster/pdf/1am119.pdf#search=%27%E8%82%A9+%E6%84%9F%E6%83%85%27

このように、まとめると、「恐れ」「驚き」といった感情は「肩」と「背中」といった感情から出ていることがわかりました。つまり、射において、「心が整った状態」を作り上げるためには、できるだけ肩と背中の筋肉に緊張をさせず、柔らかな状態を作らなければいけません。

肩と背中の筋肉に余計なこわばりのない状態で弓構えを整えれば、次の打ち起こし動作を堂々とした気持ちで弓を動かしていけます。そのためには、手の内よりも取りかけよりも先に「弓構え」における両腕の差し出し方が大切です。弓構えで前鋸筋を張った姿勢をとることで、上半身の無駄な力みが抜け、ブレやすい感情も平常に整います。

脇下の筋肉を張ると、肩上部の筋肉のこわばりが取れる

そして、脇下の筋肉を張ると、肩の上部のこわばりが取れます。具体的には、脇下の筋肉を張る姿勢を取ると、「僧帽筋(そうぼうきん)」「菱形筋(りょうけいきん)」の緊張がとれます。

僧帽筋は、耳から肩にかけてついている筋肉であり、菱形筋は肩甲骨と背中の間についている筋肉です。そして、前鋸筋と菱形筋は肩甲骨を介し、拮抗して働くことがわかっています。拮抗とは、ある筋肉が縮むと、別の筋肉が緩み、また別の筋肉がゆるむと、一方の筋肉が縮む関係です。

そこで、菱形筋は肩甲骨の上部、つまり背骨周りについた筋肉であり、前鋸筋は脇下周りの筋肉です。脇下周りの筋肉が張ることで、菱形筋がゆるみ、背中から肩の上部の筋肉がゆるみます。これによって、

両腕に力みなく、腕や手先といった末端部の筋肉に意識が行かず、呼吸を整えて弓を引くことに意識を集中できるように弓構えを行います。つまり、弓構えでは、形ではなく、どのような感情をもって

その準備動作を行う上で、大切な筋肉があります。それは、脇下の筋肉です。この筋肉をうまく働かせれば、弓を押し開く動作を体に負担なく行えることができます。教本第二巻の神永範士は脇下の筋肉を働かせる弓構えをうまく説明をしています。

自然と「羽引き」が起こる

肩甲骨を開くように、肩を前方に押し出すと、自然と両こぶしの間隔が広がります。その結果、矢を1センチ程度引いた形になります。これを「羽引き」といいます。羽引き動作が故意に拳を動かしてするのではなく、肩を前方に出すようにして自然と起こるようになれば、脇下が働く弓構えができているといえます。

腕が垂直に立つ

両腕、肩の力みを取って、楽な気持ちで弓懐を取ると、前腕の向き、傾きが決まります。このとき、右腕の前腕は地面と垂直に立つようになります。

前膊の二骨(橈骨・尺骨)のなす面が地面とほとんど垂直に近く交わるように、肘のところを後ろ外へ内からわずかにひねる心持ちでひねり伸ばすようにする~高木範士~

このように、弓構えでは脇下の筋肉を働かせることが重要です。肩を前方に押し出すように構えれば、脇下が張る心持を得ることができます。

以上の内容を理解することで、弓構えを行うときに「心の迷い」が少なくなります。したがって、弓をのびのびとした気持ちで引くことができ、射技の向上につながります。合理的にできた姿勢であるため、ぜひとも実践するようにしてください。

さらに、弓構えにおいて、心の迷いを少なくするためには、道具にも気を使うようにしてください。「弓構えで心を落ち着けるために道具まで細部に気を使う」内容を実践することで、より気持ちに迷いなく、大きく弓を引くことができます。

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