大きく弓を引き、鋭く矢を放つには射の勉強をしていく必要があります。その中で、「手の内の整え方」を勉強することは、的中率を高めるために必要なことです。教本を見ると、手の内には様々な教えがあることがわかります。
・三指
・鵜の首
・卵中 など
実際に、教本二、三巻を見ると、他にも教え方が多くあるのがわかります。しかし、教本には、手の内における知識が情報が大切であるとは記されていますが、その言葉の意味や行うべきことが書いていません。そのため、教本を見ても、手の内で「何を行えばよいかがわからない」と思う人は多くいます。
そこで、今回は、手の内の内容について解説していきます。全ての用語の意味を知ることで、明日あなたが手の内で行わなければいけないことがわかります。
手の内の用語をまとめる
まず、手の内の内容をついて知るために、手の内で知られる用語をきちんと理解する必要があります。以下に用語の説明を解説しておきます。
三指(さんし)
手の内において、小指、薬指、中指(三指)の三つの指先をそろえて握ること
弓手の中指へ薬指・小指を寄せ詰めて一枚となし・・・・爪揃いに意を用いつつ中指へ拇指を添え軽く結ぶ~高塚範士~
手の内を整えるには、拇指の根を弓の中墨にあて、中指はしっかりとし、また薬指・小指とともにこの三指が爪揃いに一枚となり、弓と直角に握るのである~安沢範士~
鵜の首(うのくび)
会に至って弓を握ったときの左親指の形が、鵜という鳥が水に潜らんとするときの、やや下向きの首の形に似ていることか連想した言い方
鸞中(卵中)
弓の握り方の呼称。会(かい)のとき弓を上押し気味にすると、弓と手の平の間に、鵜の卵をはさみ得るくらにの隙間ができるが、押しをきかしてもこの卵がつぶれたり落ちたりしない手の内をいう
三毒(さんどく)
仏教からきたことば で人間の善心を害する三つの煩悩、すなわち貪慾(どんよく)、瞋恚(しんい)、愚痴(ぐち)という。ここでは、弓把を握るときの手の内の一種。親指・薬指・小指の働き具合に注意する手の内の教えである。
親指を貪慾とし、親指をきかせすぎて慾を貪る傾きがあり、かえって害となる。薬指は瞋恚として、薬指がききすぎてかえって弓の返りを抑えることになる。小指は愚痴として、ゆるむと脈所(手首)を弦で売ったり、弓を落としたりする。
骨法陸
弓の働きは手の内のいかんによって影響するところが大きいため、手の内の陸(十文字)が肝要であるとの意味である
(参考文献:「弓道教本二巻」「現代弓道講座二巻 尾州竹林射法の項」「現代弓道講座七巻 弓道用語編」)
ちなみに、左手の各部にも名前がついています。これらの内容も理解するようにしてください。
虎口(ここう)
親指と人差し指との股のところをいう。尾州竹林派では「竜の口」といい、むかし城などの要所の出入り口を小口や虎口といったのもこの意である
手心(しゅしん)
手のひらの中心、すなわり中指の基関節内側の辺で、掌心よりも指の方に近いところをいう。
掌心(しょうしん)
手のひらの中央のくぼんだところ。すなわち手の指をのぞいた平たい部分の中央の辺をいう。
掌根(しょうこん)
手の小指の基関節の内側よりやや手首に近い肉の厚い部分をいう。
このような意味が記されています。勉強する人、指導をする人は、できれば手の内に関する知識や用語を取り入れるようにしてください。そうでなければ、手の内の内容について考えることができません。
さらに、これらの用語はあくまで用語自体の説明です。決して「この手の内が良い」という回答ではありません。本を読むとわかる通り、各先生によって手の内で意識されていることは異なります。決して、これらの教えが「答え」とは思わないようにしましょう。
加えて、手の内を理屈抜きで「三指をそろえるようにする」「卵を握ったようにする」と知識だけ取り入れて説明するのもやめましょう。なぜなら、このように根拠もないのに知識だけ勉強したり、説明したりしても意味がないからです。受け手はこのように言われたとしても、実際の射でこの知識を生かすことができず、混乱させてしまいます。
右ひじの位置、打ち起こしの高さが決まらないと手の内は働かせられない
では、なぜ知識だけ持っていても意味がないのかについて解説していきます。一言でいえば、手の内で言われている教えを実践したとしても、的中には何も関係がないからです。
例えば、あなたが三本の指をそろえ、親指がやや下に向けた手の内を行ったとします。しかし、弓を引いていて、右ひじが右肩よりも後方に回らず、引き分けが小さくなったらどうでしょうか。おそらく弓はしっかり押せていても矢が真っすぐ飛ばないでしょう。
次に、手の内の形が見た目キレイな形になっています。しかし、上半身に力みが出ていてひどく肩が浮き上がって入ればどうでしょうか。離れに至って弓がキレイに弓返りしたとしても、矢は狙ったところに飛びません。
さらに言うと、手の内で指のそろえ方がキレイになっています。しかし、指がキレイに整った左こぶしの手首が上や下に曲がっていたらどうでしょうか。手首が曲がっていれば、手の内の形がキレイであっても弓を適切に押すことはできません。
射をしている最中や終わった後に「手の内の形が崩れている」と指摘されたとします。すると、受け手はその言葉に受けてしまい、「左拳」を強く意識、注意するようになります。すると、弓を引く際に重要な「打ち起こしの高さ」「右ひじの動かし方」などの意識がおろそかになり、弓全体の引き方が悪い方向に変わってしまいます。
このような理由のため、「手の内は事細かに教えてはならないし、教えられるものではない」と古くの弓道家は説明しています。心月射儀の開祖、梅路見鸞は「手の内は無法の法を開示し」という言葉を残しており、教わったことを教わったとおりに実践するのではなく、「たくさん弓を引く稽古をして、適したものを自分で見つけるしかない」と説明しています。
さらに、阿波研造は弓の持ち方は「中指の上に親指をつけてわっかを作ること」「人差し指と親指の間に弓がはまっていること」と説明しており、それ以上細かいことを説明されていません。そのため、「三本の指をそろえましょう」「親指を下に向けましょう」「上押しをきかせて」などの説明を行っていません。
そのため、手の内の内容を勉強しても、余計な意識が頭に残ってしまい、かえって射に悪影響を及ぼす可能性があります。そのため、あまり手の内の教えにこだわりすぎないようにしてください。
手の内の説明は各先生によって異なる
そのうえ、手の内の教えは、先生から学んだものをそのまま取り入れるのではなく、きちんと本を調べて理解してしてください。理由は、手の内の説明は、先生によって解説が異なるからです。
例えば、先ほど挙げた手の内の説明であっても、「同じ言葉で解釈が異なる教え」は存在します。
鸞中(卵中)の手の内
イ、弓を堅く握らず、柔らかく握ること卵のように軽く握ること(尾州竹林射法 魚住文衛)
ロ、会(かい)のとき弓を上押し気味にすると、弓と手の平の間に、鵜の卵をはさみ得るくらにの隙間ができるが、押しをきかしてもこの卵がつぶれたり落ちたりしない手の内をいう (現代弓道講座七巻)
三毒の手の内
イ、親指・薬指・小指の働き具合に注意する手の内の教えである。親指を貪慾とし、親指をきかせすぎて慾を貪る傾きがあり、かえって害となる。薬指は瞋恚として、薬指がききすぎてかえって弓の返りを抑えることになる。小指は愚痴として、ゆるむと脈所(手首)を弦で売ったり、弓を落としたりする。 (現代弓道講座七巻)
ロ、魚住文衛氏の尾州竹林射法の説明では、「三毒」ではなく、「三毒剛し」と手の内を解釈する。左手の中指と薬指を怒っても締めよとの意味。左手の親指は他念なく、ぐちぐちと剛弱所を強く押しかけよとの意味である (尾州竹林射法 魚住文衛)
いかがでしょう。同じ手の内の教えであっても、解釈が異なっているのがわかります。特に三毒の手の内はある文献では、「三つの指に力を入れすぎると良くない」と説明しているのに関わらず、別の文献では、「三つの指を強く押しかけるようにする」とも説明しています。
さらに言うと年代によって異なります。先ほど申し上げた魚住氏の「三毒剛し」の手の内は、魚住氏の尾州竹林の射法では記載されています。しかし、もっと昔の尾州竹林弓術書になると、「三毒剛し」の記載はありません。つまり、年代が進んだことによって新たにできた「造語」の可能性があります。
さらに言うと、現代弓道における「三指をそろえる」手の内であっても、古くの文献には記載されていません。実際に、現代の弓道家に「弓道において、なぜ三つの指をそろえないといけないのですか?」と質問してみると、きちんとした回答を返せる人がいないことがわかります。
このように手の内というのは、勉強しているのにも関わらず、その人それぞれの恣意的な解釈が入っているため、その教え自体が間違っている可能性があります。しかし、その当時の範士の称号を取得された弓道家の教えが何となく残っている可能性があります。
たとえ、称号者レベルの実績を残された方であっても、手の内の教えは自分で調べたものではなく、誰かから聞きかじった情報を何も疑うことなく、取り入れているだけの可能性もあります。そのため、手の内は教えられません。人によって教えの解釈も異なるし、いざ意識したとしても弓を引き分ける動作自体に悪い影響を与えてしまう可能性があります。
弓道において、初心者が「弓返り」がしにくい理由
弓道の世界では、弓返りをしないで困っている人が多くいます。このように、初心者に弓が返らない理由として二つがあります。
一つは、弓を引くことにまだ慣れておらず、左手に力が入ってしまっている場合です。このような人の場合、慣れていくと次第に弓返りができるようになってきます。
もう一つの理由は、指導者に「手の内の形」を注意されすぎた場合です。弓を引いているときに「上押しをきかせましょう」「三指をそろえましょう」と細かく指導されたとします。すると、受け手は無意識に左手に力を入れる癖ができてしまい、弓を硬く握ってしまいます。その結果として、離れで適切な弓の回転運動が起こらなくなり、
この場合、きちんと手の内の内容について解説してあげることで弓返りが起こりやすくなります。例えば、「三指をそろえないといけない」と考えている人に対してはこのように説明します。
このように、きちんと「なぜ弓返りするのか?」「そのためには、弓をどのように握ればよいのか?」ときちんと説明すれば、受け手が納得して弓を握ることができます。
もし、指導者と受け手の間で信頼関係ができていれば、このような問題は解消されます。しかし、信頼関係もできておらず、ただ知識だけを教え、指摘や注意が行き過ぎてしまうと、受け手がその注意を聞いて弓を堅く握ってしまいます。そのため、まずは軽く握って
弓を引けるようにしてください。
先ず、行わなければいけないことは「軽く弓を握る」こと
そのため、まず行わないといけないことは「弓を軽く握る」ことです。弓を軽く握るようにして、最初から最後まで自分から「握る力」をかけないようにしてください。これによって、大三で弓手を入れやすくなり、引き分けでも強く弓を押せるようになります。
この根拠は、教本一巻を読めば、容易に想像できます。
まず、教本一巻で射を行うための心構えとして「自然体」と書いてあります。その意味は「左右対称に相対的に相応的に働かせる」と解説しています。もし、右手で意識している動作があるならば、左手もどれに相応して動かすことで、左右対称に均整のとれて全身の筋肉を働かせることができます。
そして、射における右こぶしの状態は教本一巻にも記されている通り、「懸け口十文字」を意識し、「右手首をひねらない」ようにします。これによって、弓を引いている途中で弦の復元力が右こぶしにかかったとしても、余計な手首の曲がりがなくなります。そのため、右こぶしのかかる荷重が少なくなります。
さらに、このような取り懸けを行うためには、「できるだけ指先に力をかけない」ことも意識します(「良い射のためには、右手指先に力をいれない」を参考に」)。すると、左手で意識することは、右手と同じように「余計な力を入れない」ことであるとわかります。
弓を堅く握らないようにし、最初から最後まで自分から力を入れないようにします。そうして、左腕に無駄な力みが抜けたら、強く弓を押すことができます。実際に、弓道教本を読むと「軽く握る」ことの重要性について解説されています。
昔から「鵜の首」「紅葉重ね」「卵中」「握卵」等の名称があるが、要するに弓を固く強く握らず、あたかも卵を握るような気持ちを表現したもので、むずかしいことであるから…… (教本一巻)
(ちなみに、ここで言われる「むずかしい」とは、一言で説明するのが難しいのであって、技術的な困難さを説いたものではないと文献からわかります。吉田能安氏の書籍にも手の内の説明する難しさについて説明している文章も存在します)
左の手の内については第一に心得ることは弓を堅く強く握ってはいけないことである。~高木範士~
手の内の説明は、様々な解説がなされており、何を行えばわからないと思う人は多いです。しかし、先ず教本に書かれているように「堅く握らず柔らかく持つ」ことを実践するようにしてください。これにより、どのような方も大きく弓を引けるようになります。
ただ、柔らかく握るといっても、具体的にどのように握ればよいかわからないかもしれません。そこで、具体的に「弓を柔らかく握る方法」を参考にし、明日からの稽古に取り入れるようにしてください。