弓道の作法では、基本「左進右退」で行います。この言葉、前に進むときは左足から、後ろに進むときは右足からと考えられます。
このような内容を既存の弓道の世界では「そういう風に決まっているから」という結論で説明されます。しかし、身体の仕組みを考えていくと、所作において左足から動かさなければいけない理由がいくつか存在します。
さらに、身体の仕組みから作法を考えていけば、結果的に礼の精神に則した動作になることもわかっています。礼に則するとは、ざっくり言って「周りに配慮できている所作」のことであり、「左進右退」の言葉の意味を理解することわかります。
なぜ、「左進右退」の根拠がわかると、礼に則した動作になるのでしょう。今回はその理由について詳しく解説していきます。
人は、左側は前、右側は後ろに進むのに適している
身体を調べると、内臓の位置や筋肉の付き方から向き不向きの運動が出てきます。その中で、体の左側は前方に動くのに、右側は後方に進むのに適しているのがわかります。
理由は、体の右側に最も重い臓器である肝臓があるからです。
人の身体は左右対称に見えますが、内臓の位置は左右非対称です。その中で、種々のたんぱく質や血液を作る臓器である肝臓は、重量が大きく、かつ身体の右側に位置します。
さらに、毒素を体外に排出する役目を持つ臓器として腎臓があります。腎臓は左右にそれぞれ一つずつありますが、右側だけ下についています。これらの臓器を支えるために筋肉の量や付き方が異なります。したがって、身体は右側に体重や重心が乗りやすいです。
実際に、洋服の適したサイズを決めるために、女性を対象に人体の寸法差を測った資料もあります。その内容を見ると、大部分の人は「右肩が下がった姿勢」になりやすいことがわかっています。理由についての考察は記されていませんが、人体の右側に肝臓があるからと推察されます。
肝臓は、内臓の中で重量が大きいため、右側に多く重みが乗ります。その結果、右側は後方に体重を乗せやすくなります。反対に、左側は前方向に体重を乗せやすくなります。
このことを確認するための簡単な実験があります。
1 1人が肩幅くらいに足を開いて中心に重心を置く
2 もう一人の人に前から軽く押してもらう
1、2を行うと、おそらく後ろに倒れやすいと思います。しかし、次のように行うと後ろに倒れにくくなります。
1 立っている人は左足に重心を乗せる
2 もう一人に前から軽く押してもらう
このように、左側に体重を乗せると倒れにくくなります。反対に後ろから押してもらうときは。右足に体重をかけると、後ろから押されても踏ん張りが聞きます。
こうしたことから、人体の仕組み上、人は左側は前に、右側は後ろに動く運動に適しているのがわかります。つまり、左足から作法を行うのは合理的です。
左足から体を動かさないと、胴造りが崩れてしまう
このことから、歩き動作の順番を間違えると、姿勢に影響が出ます。具体的に言うと、左足から歩き動作を始めると、姿勢がぶれにくくなり、右側から身体を使うと姿勢が不安定になります。
例えば、歩く際に左足から前に進んでください。左から踏んで5歩程度歩いてから、両手を体の前に差し出します。そのあとに、もう一人にその両手を下に押してもらいます。おそらく、下に押されても踏ん張りがききます。そのことを確認して、次に右足から前に進んでください。
右足から踏んで5歩程度歩いてから、両手を前に差し出し、誰かに押してもらいます。すると、先ほどに比べて姿勢が崩れやすく、安定しないのがわかります。このことから、左足から歩くと胴づくりが安定し、右足からだと不安定になるのがわかります。
これは次のように考えられます。左足から踏むと、左側に体重が乗り、右に乗りやすい重心が中央に調節されます。反対に、右側から動作すると、身体の重心が右側に乗ったまま動作が続くため、身体の重心が真ん中に調節できません。したがって、歩いた後は姿勢が崩れてしまいます。
弓道教本の基本動作に、「動作では、胴づくりを常に保つこと」と記されています。教本の内容に則して動作するのであれば、「左足から動作を行う」必要があります。左足から動作を始めることで、左右差を調節できるのです。
左進右退の理由2 神棚に背を向けないため
さらに、左進右退で動作をするもう一つの理由として、神棚に背を向けないように動作できます。
射位において、神棚は自分の身体より右側に位置します。右足から前に進めると神棚に背が向いてしまうため、形式的に「失礼」にあたる行為となります。できるだけ背中を向けないためにも左足から動作するほうが合理的です。