神話に取り入れられた弓具〜天鹿児弓と天羽羽矢〜

「呪術としての弓」の鳴弦や破魔矢で弓が呪術として用いられた話はあったので、ここでは、もう少しこの話について具体的にしていきたいと思います。

 

「日本書紀」第一巻に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が弟の素戔嗚尊(すさおのみこと)を高天原で迎えるときにこんな文章が記されていたどそうです。

 

千箭(ちのり)の靫(ゆぎ)と五百箭の靫とを負い、ただむぎに稜威(いつ)の高鞆(たかとも)を著(は)き、弓筈を振り立て、剱柄(つるぎのたがみ)とりしばり云々

 

とあり、またその一書に「手に弓箭を握り云々」とあります。このとき、弓を防御品ではなく、一種の呪具として伝えられたそうです。

 

この神話に取り入れられた弓の中に天鹿児弓(あまのかこゆみ)、天羽羽弓(あまのはや)という弓があります。

 

天鹿児弓、天羽羽矢とは天稚彦(あまわかひこ)が高御産巣日神(たかむすびのみこと)から授けられた弓、矢であり、神話であるが、古代人の弓具に対する呪術信仰の存在を説明したものと見られます。

 

天鹿児弓、天羽羽矢をもう少し詳しく調べてみると、それがどんなものであったのかは詳しくはわかっていなく、解釈は様々です。

 

中世においての天鹿児弓の解釈は「鹿の背のごとくかがみたる弓」「鹿の腰の屈んだのに似た弓」「鹿児弓は神籠弓の略だとして神通の弓と云て鬼神の持つ弓」などいろんなものがあります。

 

天羽羽矢は言葉の中に「羽羽」と使われていたため、鳥の羽を意味していると考えられてきました。

 

近世にはいると新井白石の「本朝群器考」があらわれ、考証的に考えると、鹿を射ることによって天鹿児弓と言われると考えられてきました。

 

さらに、「羽羽矢」については鳥の羽という解釈ではなく、白石は古事記の「波波矢」からきていると説明しました。「羽羽」とはそのまま読んで解釈するのではなく、古語を借りてきたものと解釈し、この考えは後の研究者に大きな影響を与えました。

 

他に谷川士清、が天鹿児弓とは、鹿の角を以て本末を固めた弓であると説明し、

 

本居宣長は波波矢は羽の広く大きくなっている矢であり、猪鹿のような獣を射るために長い矢と長い弓が必要であり、その弓を鹿児弓と説明しています。

 

明治以降になると、また解釈が変わってきます。鹿角をはずの飾りに使ったものを新鹿児弓と解釈した話もあります。

 

しかし、これらの解釈すべてが、確信の得る見解ではなく、将来さらなる研究が必要とされています。

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