日本で初めての射法解説書

現代の弓道の射法八節は戦後、日本武徳会で各流派の先生が議論しあい、決められた射法要則によって成り立っています。

 

しかし、戦後のように射法が決まっていない時代は、古代の弓道は射法はどのようなものだったのでしょうか。

 

その、古代の射法をまとめた、貴重な文献があります。それは、今川貞世(了俊と呼ばれた)の「了俊大草紙」というものです。

 

これは、今川了俊の数々の著作の中で、弓の作法から引き方まで詳記してある。昔の弓道教本のようなものです。

 

それを現代語訳して、説明を加えた文章を以下に記します。

 

弓は最初は歩射を基本として、稽古をするべきものだ。まず射位にたって、肌脱ぎをして、袖を邪魔にならぬようにおさめ、矢を番える前に、左足の大指のつま先を的に美しく向かって立て、右足をその通り横に踏んで立てば、的は自分の体の側面になる。

 

西向きに的がたっておれば、身体は北向きになるように立って、左の腰の骨の上のあばら骨(助骨であるが、ここでは腰椎であろう)の末端が腰の骨のかどに当たるように、ねじ据えて腰骨を落とし据えて(これは現在の胴づくり法である)から矢を番えて矢がまえ(今日の弓構えであろう)をして、

 

そのあとに左のおとがい(したあご)の中ほどを、胸の左のかつほ骨(鎖骨のことか?)の中ほどに当て、左の目がしら(目の鼻に近い方の端)で的を見て、そのままに頭もアゴも動かさずに、全身も、足踏みもしっかり緊張させたままで、鳥帽子(えぼし)のふちの辺りに打ち上げる。

 

全身もアゴも動揺させず、心静かにゆっくりと弓を上げ、それから引き分けるのです。

 

現代弓道の射法八節のうち、足踏み〜引き分けがそのまま該当し、会に至るときの弓をいっぱい引いたときの姿を骨法で記してあります。

 

右の肩先の少し下の角に、右拳の大指の根が当たるように、拳を外の方にねじまわすようにすれば、肘先は右のいかね(未詳、肩の関節か)の方に引きまわされる。このように拳をねじるようにしないと肘先が堅まらないから離れが悪くなる。

 

これは右腕の姿の説明です。さらに左腕については

 

押、し手の拳(握り)を押し当て、矢先と的とに見合わせて、左肘の皿骨(肘を充分伸ばして弓を押すと人によって肘のところにくぼみができるが、これをいうのか?)が上になるように腕をねじ回せば、うけがいな(受肘、または受腕、ここでは弓力に押し返されるのをがっちり腕が受け止めている押しての姿を言っています。)

 

(現代弓道講座一巻より)

 

 

そして、この射法を現代の射法との違いを見ると

 

@肩の下角に右手の親指が当たるようにする。これは、遠的を好む人、堂射法、重い鉄の矢を遠くに飛ばすためには親指が肩に触れるくらい低い位置におかなければいけなかったから。

 

A押しての受け腕というのは、ぞくに弓腕(ゆみうで)といわれ、射手の脇上面に立って押しての姿を見ると少し弓なり反りあがっている。左肘がくぼむようになって腕が伸びる。

 

こうすると、押してのゆるみというものが起こりえないが、現代の弓道ではこの形だとベタ押しか平押しになってしまうと言われ、弓返りの鋭さがないと評され、現代では嫌われている。

 

B矢先と的とを見合わせるということは現代弓道では行わない。

 

的中率の高い射手はたくさんいましたが、射法を説明できる人はその中のほんの一握りでありました。その中でここまで、骨から外形まで細かく説明した今川了俊は頭脳においても射義においても優れた人物であることがわかります。

 

この射法から、のちに日置流射法や日本弓道界に大きな影響を及ぼした中国の射法書「射学正宗」が表れ、現代射法にまで影響を及ぼしています。

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