第1条足踏みを定むること

第一条足踏みを定むること

一間中墨、矢束の準、扇の準、教外別伝、沓下中墨、定時の口伝

 

文章の説明
「一間中墨」とは足踏みは三尺に踏み開き、一間、六尺(約1、8メートル)の真中にいる(住む)という意味です。

 

重賢の定めた三尺(約0.9メートル)の広さを重政が各人各様の体格に合わせるため、その人の身長の半分とさだめました。

 

射手の引くべき相応の長さは、大体身長の半分のため、矢束を標準とすることとして「矢束の準」の名を用いました。

 

「一間中墨」は一間の中に住み、的心より中るべく墨を張り左右爪先をその上に踏むとの意であります。一間の中に住み、この6六尺の間を自分の天地として他の外界の影響を断ち切る心境を持つべきです。

 

「扇の準」は両足を踏み開いたときの角度の決まりです。これは軍扇の開き具合を持って標準としたので、この名があります。

 

しかし、「矢束の準」「扇の準」も人により一様にいきませんので、肩の上がる射手は広く踏み、落ちすぎる者は狭く踏ませます。

 

肥えた人は扇子の準を広く、やせたるものにはやや狭く踏ませるなど、いろいろ踏み方を応用させるのが大切です。これらの教えを「教外列伝」といい、応用であり、師たる者の責任であります。

 

「沓下」とは足の下、すなわち足の踏み様であって、左は爪先、右は踵(かかと)に力を入れて踏むべきであります。左の拇指に力を入れるときは急に臨んで心静まるのであり、かかるときも「中墨の準」を忘れて何もならぬとの教えであります。

 

 

「定時の口伝」に足踏みは、重要な定めであり、勝手に変えてはいけないという意味を含め、六十か条のある限り変えてはいけない、また変わらぬという意味です。
 
疑問点
一間中墨も、扇の準も、最後に口伝と記しています。古くの弓道の書籍でも、明確に「何メートル」「何ミリ」と決まったものは記していません。そのため、矢束の準、扇の準における「肩が上がる射手は広く踏む、落ちすぎる人は狭く踏ませる」という内容が適切かわかりません。

 

これは、肩が上がっている状態が良くないと判断しているからです。古くの書籍には、身体の射型、形にこだわったものは存在していないため、この教えが適切かわかりません。

 

他、「常定の口伝」の足踏みで勝手に変えてはいけないという説明ですが、「変わらぬ」という射は存在するのでしょうか?弓のkg数が変わってしまうと、足踏みを変えなければ、引くことは不可能です。今のところ、こうした事実を持って「足踏みが勝手にかえてはいけない」という意味がわからないでいます。

 

ただ、足幅が広くなると、袴が地面に擦れてしまいます。このありさまがみっともないために狭く踏ませる習わしがあります。そのため、悪魔で「射型」ではなく、「社会的な背景」も交えると言葉の意味がよくわかるかもしれません。

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