小笠原流、射の前の心の準備

小笠原流射法では、礼を重んじ、射の前での「澄まし」を大切にするくらい、心を大切にしています。その心を整える、水が流れるように澄んだ状態を持つためには必要なことは何でしょうか。

 

下に小笠原流射法にしか載っていない、射に移る前の心の準備を記します。心の用意をうかうか始めるのと、よく決心して始めるのでは末に至って大差が生まれます。注意したいのが、次の諸点です。

 


師の教えに忠実に従い、他と比べない
まず、第一に正しい射術を身に着け、正しい心を持った人を師匠とすべきである。この選択をあやまると長年の修行の結果、卑しい弓引きで終わるような目にあうものです。

 

そして、教えを受ける以上は一切師をまかせて我意はすてることである。どうしてもついてゆけぬなら嘆んで門を去ることです。これが、素直な気持ちで弓をとることになります。
 

人の体格気質によって教え方が変わるため、他人の射を見て、自分の射を直したり、人まねをすると教習の順序を壊します。なので、射は師の教えに忠実に、他の人は気にせず稽古することです。

 

一筋一筋大切に引き、勘違いしない
古い教えに「百手一手一手百手」というのがあります。粗末に二百射したのはていねいな二射におとり、ていねいな二射は粗末な二百射に勝という意味であります。

 

ていねいな射とは習った通りに反復実習することです。それをするうちにひとつのコツを会得します。もっともていねいというのを誤ってむやみに工夫することと考えてはいけません。

 

現代は忙しいためにまず説明を聞いてこれを体得する方法では良いですが、師の教えなかったことをむやみに聞きかじって知識ばかり詰め込んで行動がともなっていない人は困りものです。

 

弓を習って1、2年すると、的中率が高いだけで自分は人より優れていると勘違いしがちです。

 

しかし、修行を重ねるうちに自分の欠点やわからないことがでてきます。いろんな武術の中で弓術ほど勘違いするものはありません。この危機を突破するには、誰も見ていなくても精いっぱいの弓を引く気持ちで稽古することです。

 

そうして初めて自分のみすぼらしさ、謙虚さを知ることができます。何人の人が見ていても平生以上に引こうと思わず、ただありのままに引きます。そうすることで勘違いが少なくなります。

 

飽きず、稽古を続けよう
初めにあきる人、なかごろあきる人、かなり上達してからあきる人、飽き方は人それぞれですが、十年もやれば少しはできようかくらいの気持ちで気長く構えて怠らず稽古をします。

 

一日に三十分でも一時間でも毎日稽古をしなければいけません。どうしても道場にいけない場合は自宅で素引きでもいいから行い、巻き藁を自宅に設けるのも良いことです。

 

的だけを目当てにすること
弓道家の中に弓は中らぬでもよい、形がよければよいとか、形はともあれ精神が大事であるという人もいます。

 

もちろん精神の悪い人は困りものであるし、弓をやって形の悪いのもよくありませが、形がよくて中らぬという道理はありません。

 

稽古する人ははつまらぬ迷論にまよわされず射形がよければ中りは必ずこれに伴い、中らないのはどこか悪いのだということを忘れないようにしましょう。

 

小笠原清明の言葉で「弓は引けば引くほど人が悪くなる」とあります。

 

弓を習う人が初めは中てたい一心で稽古しますが、やがて少し中り始めると大会まわりをして賞金を狙い、もう少し進むと段を狙い、称号を狙います。

 

最後になると人をおしのけてでも弓界の地位を狙うようになってしまいます。しかし、大会の賞品、段や称号をとったからとて下手が上手になるわけではありません。

 

いろんな名誉職はただ厄介なだけで道の修行には関係ないものであることを深く認識するべきです。

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